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ひらがげんないとりものちょう
平賀源内捕物帳
久生 十蘭
Read 平賀源内捕物帳 (ひらがげんないとりものちょう) by 久生 十蘭 (ひさおじゅうらん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 16,946 characters · 34 screens
桜田御門の前から黒田さまの屋敷を南へ、祭礼の番付板のある前をのぼって、山王神社の前を右へ。そこから永田町の梨の木坂。
ここまでは、何のこともなかった。ちょうど、梨の木坂を降りきって、これから濠端へかかろうとするとき、糸瓜仕立胡粉塗の象が、胸からホトホトと血を流しはじめた。
片側は水に伏す芝塘の松。片側は、松平さまの海鼠壁。
一間幅に敷いた白砂の上へ、雪の日に南天の実でもこぼれるように、紅絵具のような美しい血が点々と滴り落ちる。
真先にこれを見附けたのが、すぐ近くの麹町一丁目に住む近江屋という木綿問屋の忰で、今年、九つになる松太郎。
子供の眼は敏く、遠慮がないから、精一杯の声で、
「やア、象の腹から血が流れてらア」
その声で、まわりの桟敷に鮨詰めになっているのが一斉にそのほうを見る。
どうしたというのだろう、作物の象の胸先が大輪の牡丹の花ほどに濡れ、そこから血が赤く糸をひく。
「血だ、血だ」
「象が血を流している」
ワッ、と総立ちになる。これで、騒ぎが大きくなった。
龕燈の光で見た景
木挺役が飛んでくる。曳物の先達が飛んでくる。鳶がくる。