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ふくいんさつじんじけん

復員殺人事件

坂口 安吾

Read 復員殺人事件 (ふくいんさつじんじけん) by Sakaguchi Ango (坂口 安吾) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 96,621 characters · 195 screens

Aozora Bunko

左手だけですから、片仮名以外は書きません。ところで、妙なのは、リンタク屋に見せた紙片も、運転手に示した紙片も、ヘタクソな字で、それはまるで左手で書いたような字だそうですが、漢字で書いてあったと云います。特に小田原のタクシーの運転手は、よく記憶していました。小田原、小峰、倉田由之、漢字でこう書いてあったと断言しました」

「チリ紙へ、かね」

「いゝえ、ポケット手帳をちぎったような紙キレだったと云っています」

「安彦君の所持品に手帳はあるかね」

「ありません。チリ紙以外には、いかなる紙もありません。鉛筆だけはありました」

「すると、病院で書いてきたのだね」

「そうかも知れません。しかし今日、実家へ帰るということは、療養所の誰にも打ち明けていません。新聞を読んで療養所の人たちは、薄々察していましたよ。小田原で殺された倉田安彦が、療養所を失踪した織田秀吉だろう、と」

「なるほど」

大矢主任は考えこんでいたが、

「左手で書いたような漢字。それは、誰が証言したのだね」

「タクシーの運転手です。野村という、四十ちかい分別深い男で、私がききもしないのに、左手で書いたような金釘流の、と言っていました」