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あやしのやかた
怪しの館 短編
国枝 史郎
Read 怪しの館 短編 (あやしのやかた) by 国枝 史郎 (くにえだしろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 81,915 characters · 165 screens
彼はある時には役者絵を描きまたある時には笑絵をさえ描いた。頼まれては手拭いの模様さらに引き札の図案さえもした。それでも彼は食えなかった。顔を隠して江戸市中を七色唐辛子を売り歩いたものだ。
「辛い辛い七色唐辛子!」
こう呼ばわって売り歩いたのである。彼の眼からは涙がこぼれた。
「絵を断念して葛飾へ帰り土を掘って世を渡ろうかしら」――とうとうこんなことを思うようになった。
やがて師走が音信れて来た。
暦が家々へ配られる頃になった。問屋へ頼んで安くおろして貰い、彼はそれを肩に担ぎ、
「暦々、初刷り暦!」
こう呼んで売り歩いた。
「暦を売って儲けた金でともかくも葛飾へ行って見よう。名主の鹿野紋兵衛様は日頃から俺を可愛がってくださる。あのお方におすがりして田地を貸して頂こう。俺には小作が相応だ」
ひどく心細い心を抱いて、今日も深川の住居から神田の方までやって来たが、ふと気が付いて四辺を見ると、鍛冶橋狩野家の門前である。
「南無三宝、これはたまらぬ」
あわてて彼は逃げかけた。しかし一方恋しさもあって逃げ切ってしまうことも出来なかった。向かいの家の軒下へ人目立たぬように身をひそめ、冠った手拭いの結びを締め、ビューッと吹き来る師走の風に煽られて掛かる粉雪を、袖で打ち払い打ち払いじっと門内を隙かして見たが、松の前栽に隠されて玄関