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あやしのやかた
怪しの館 短編
国枝 史郎
Read 怪しの館 短編 (あやしのやかた) by 国枝 史郎 (くにえだしろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 81,915 characters · 165 screens
今北斎の前を通る。
と、タラタラと駕籠の底から、雪に滴るものがある。……北斎の見ている眼の前で雪は紅と一変した。
「あっ」
と叫んだ声より早く北斎は駕籠先へ飛んで行ったが、
「これ、駕籠止めい駕籠止めい!」
グイと棒鼻を突き返した。
「狼藉者!」
と駕籠側にいた、二人の武士、狩野家の弟子は、刀の柄へ手を掛けて、颯と前へ躍り出した。
「何を痴! 迂濶者めが! お師匠の一大事心付かぬか! おろせおろせ! えい戸を開けい」
北斎の声の凄じさ。気勢に打たれて駕籠はおりる。冠った手拭いかなぐり捨て、ベッタリと雪へ膝を突き、グイと開けた駕籠の扉。プンと鼻を刺すは血の匂いだ。
「お師匠様。……」
と忍び音に、ズッと駕籠内へ顔を入れる。
融川は俯向き首垂れていた。膝からかけて駕籠一面飛び散った血で紅斑々、呼息を刻む肩の揺れ、腹はたった今切ったと見える。
「無念」
と融川は首を上げた。下唇に鮮やかに五枚の歯形が着いている。喰いしばった歯の跡である。……額にかかる鬢の乱れ。顔は藍より蒼白である。
「そ、そち誰だ? そち誰だ?」
「は、中島めにござります。は、鉄蔵めにござります……」