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おんしゅうのかなたに
恩讐の彼方に
菊池 寛
Read 恩讐の彼方に (おんしゅうのかなたに) by 菊池 寛 (きくちかん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 22,824 characters · 46 screens
淋しい駅で昼食の斎にありついた後、再び山国谷に添うて南を指した。樋田駅から出はずれると、道はまた山国川に添うて、火山岩の河岸を伝うて走っていた。
歩みがたい石高道を、市九郎は、杖を頼りに辿っていた時、ふと道のそばに、この辺の農夫であろう、四、五人の人々が罵り騒いでいるのを見た。
市九郎が近づくと、その中の一人は、早くも市九郎の姿を見つけて、
「これは、よいところへ来られた。非業の死を遂げた、哀れな亡者じゃ。通りかかられた縁に、一遍の回向をして下され」と、いった。
非業の死だときいた時、剽賊のためにあやめられた旅人の死骸ではあるまいかと思うて、市九郎は過去の悪業を思い起して、刹那に湧く悔恨の心に、両脚の竦むのをおぼえた。
「見れば水死人のようじゃが、ところどころ皮肉の破れているのは、いかがした子細じゃ」と、市九郎は、恐る恐るきいた。
「御出家は、旅の人と見えてご存じあるまいが、この川を半町も上れば、鎖渡しという難所がある。山国谷第一の切所で、南北往来の人馬が、ことごとく難儀するところじゃが、この男はこの川上柿坂郷に住んでいる馬子じゃが、今朝鎖渡しの中途で、馬が狂うたため、五丈に近いところを真っ逆様に落ちて、見られる通りの無残な最期じゃ」