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あくまのかお
悪魔の顔
野村 胡堂
Read 悪魔の顔 (あくまのかお) by 野村 胡堂 (のむらこどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 14,677 characters · 29 screens
「聞きましたよ」
安楽椅子の中へ、深々と埋まって居る千種十次郎の耳の傍へ来て、物々しい塩辛声を潜めます。
「…………」
「御主人は自殺されたらしい」
「エッ?」
これは千種ばかりではありません。其処に居る全部の人達の耳に入ったものと見えて、一種物々しい感歎の叫びが漏れます。
「酒井博士は、亜砒酸中毒だと言うそうですが、そうすると、他殺の疑いもある――」
「エ、エ?」
千種十次郎は弾き上げられたように起ち上りました。もう殺傷事件の外交をするような若い記者ではありませんが、眼と鼻の間で起った事件というと、昔取った杵柄で、さすがに猛烈な職業意識が働きかけます。
十次郎が二階へ行った時は、まだ係官は来て居りません。驚きのうちにも、職業的冷静さを取り戻した酒井博士は、これも案外確りして居る濤子夫人を励まし乍ら、最善を尽して看護して居ります。
「お、千種君か、とうとう君の方の種になったが、この際だから大眼に見てやってくれ給え」
酒井博士はチラと顧みて、名記者の面に筆止めの禁呪を投げかけます。
「書く書かないは別問題で、事件があると何うも矢張り知らん顔は出来ない」
「そうだろうね、隠しても仕様があるまいから、御主人の命に万一の事が無い限りは新聞へは書かぬという条件で、君の職業意識が満足するまで見て行くさ」