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いけぶくろのかい
文藝別冊[総特集]岡本綺堂
岡本 綺堂
Read 文藝別冊[総特集]岡本綺堂 (いけぶくろのかい) by 岡本 綺堂 (おかもときどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 72,671 characters · 149 screens
「お菊。寝ているのかえ。」
それが若いお内儀さんの優しい声であることを知った時に、お菊はほっとして顔をあげると、お熊は抑えるように又囁いた。
「可いから寝ておいでよ。」
主人の前で寝そべっている訳には行かないので、お菊はすぐに衾を跳退けて蒲団の上に跪坐ると、お熊はその蒲団の端へ乗りかかるように両膝を突き寄せて彼女の顔を覗き込んだ。
「今日の夕方、阿母さんからお前に何か頼んだことがあるだろう。」
若いお内儀さんが夜半に閨をぬけ出して、下女部屋へ忍んで来た仔細は直に判った。判ると同時に、お菊は差当りの返事に困った。さりとて嘘を吐く訳にも行かないので、彼女は恐れるように窃と答えた。
「はい。」
「まことに無理なことだけれどもね。お前、後生だから承知しておくれでないか。定めて怖ろしい女だと思うかもしれないが、妾の身にもなっておくれ。お前も大抵知っているだろうが忠七と妾との仲を引き分けて、気に染まない婿を無理に取らせたのは、皆阿母さんが悪い。ここの家へお嫁に来てから足掛け三十年の間に、仕度三昧の道楽や贅沢をして、阿母さんは白子屋の身上を皆な亡くして了った。その身上を立直す為に、妾はとうとう人身御供にあげられて忌な婿を取らなければならないことになった。