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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

Read 新書太閤記 (しんしょたいこうき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 197,228 characters · 394 screens

Aozora Bunko

……が、安んじてよいぞ。岐阜の援軍も来着、家康も夜明けとともに立つであろう。長篠へ到るは遅くもここ両三日のあいだにある。……大儀大儀、そちはふたたび長篠の城へ帰るには及ばぬ。ここに留守して、身を宥わるがよい」

帰らずともよい。すでに使命は果したのだから、あとに残って休養するがいい。

当然のこととして、家康はそう犒ったのである。――が、強右衛門は、

「思し召、ありがとう存じますが、ただ今からすぐ、お暇いたして、長篠へ立ち帰りまする」

と、これもまた、当然であるように答えた。

家康の愕きの眼は、じっと彼を射た。

(この男は死ぬ覚悟でいるな)

と、直感したからである。

死ぬ気でなくては、重囲の中の長篠へ、ふたたび帰るなどということはできない。そこから脱出して来る以上、至難と危険があることは分りきっているはずである。

「……帰る?」

「はい」

「すぐにか」

「一刻の間も心が急きますれば」

「それには及ばん。その心根はよく分るが、それまでに、危ない中を、往来せんでもよい。充分、体を休めて、勝軍の報らせを待て」

家康は、この男が、ふたたび帰って、城中へ援軍が近く行くことを知らせてくれれば、それだけ士気は振い、全体に及ぼす効果の大きいことは知っていたが、これほどな者を――と、むざむざ殺すには惜しい気がしたのである。