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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
Read 新書太閤記 (しんしょたいこうき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 197,228 characters · 394 screens
こうして軒下に立ち寄るさえ、長篠にある戦友にすまない心地がする。――しかし二度とこの軒下に帰る日はあるまいと信じられるので、心に詫びつつ寸刻を、よそながらの別れを告げに立ち寄ったのだ。
「ゆるせ。父を」
窓のふちに掌を合わせていた。
と。末の子の襁褓でも換えているらしく、破れ障子の陰に、妻の影がうごいた。
――影の細さよ。
強右衛門は胸がつまった。
あいかわらずお身は体が弱いとみえる。大事にしてくれよ。この先とも。
この度の大任こそ、男の死にどころ。さむらいたる自分が、進んでまた歓んで、糟糠の妻や幼いものを後にのこして死所に就いたという心もちは、さむらいの妻だ、おまえはよく分ってくれるだろう。
悲しむな、それは無理だ、しかし体をそこなうな。泣きぬいたあとは、卒然、涙の底から、立ち直る生きがいをつかんでくれ。
もし、おれが死んだら。
おれが願うところはただそれのみしかない。どんな暗黒な――どんな悲嘆の底にも――そこをつらぬき通せばこんこんたる心泉があるものだ。これ限りというつき当りはないのがこの世だ、人間の生きるすがただ。
死んでも先はある。生命の無限を信じればこそ、おれは歓んで死ぬこともできる。