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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
Read 新書太閤記 (しんしょたいこうき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 190,406 characters · 381 screens
不便は不便だが、誰も、そこでは声を放って苦情をいう者はないのである。
それに、城壁百間の改修は、大工事でもあるから、長くかかるのは、誰も当り前に思っていた。
「これ。今彼方へ参ったのは、何役の誰だ」
工事を督していた奉行の山淵右近が、下役の者へ訊ねていた。
下役は、振り返って、
「お厩衆の木下藤吉郎殿かと思いますが」
と、奉行の指さす後ろ姿を見まもりながら答えた。
「何、木下? ……。ああそうか、よく猿々と噂にいわれる男だの」
「そうです」
「少々、それがしに所存があるから、こんど通ったら呼び止めろ」
右近は、命じておいた。
何が奉行の癇に障ったか、下役には分っていた。毎日、出仕のたびに、藤吉郎はここを通るが、いつも挨拶をしたことがないのである。それに材木など積んであると、踏み越えて通ったりする。勿論、通路に置かれてある場合などは仕方がないにしても、城普請の御用材である以上、一応は普請方の者へ向って、許しを乞うた上、踏むべきであった。
「知らぬのだ、礼儀を」
と、下役たちは、後でいった。
「――何せい、御小人から士分に取り立てられ、ようやくこの頃、御城下に宅地をいただいて、ああやって出仕する身分になったばかりの男だ。