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いちかわくめはち
新編 近代美人伝 (下)
長谷川 時雨
Read 新編 近代美人伝 (下) (いちかわくめはち) by 長谷川 時雨 (はせがわしぐれ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 138,172 characters · 277 screens
と、そう思うかげに、ながい間役者をしたが、とうとう、団十郎と一つ舞台に並べなかったという、何時も悲しむさびしさが、心の奥を去来していた。
「あたしは、考えかたが、間違ってた。」
九女八は、鷺草の、白い花がポツポツと咲き残るのへ降る雨が、庭面を、真っ青に見せて、もやもやと、青い影が漂うようなのに、凝と心をひかれながら、呟いた。
「なにがよ。」
芸者や、役者の配り手拭の、柄の好いのばかりで拵えた手拭浴衣を着て、八反の平ぐけを前でしめて、寝ころんだまま、耳にかんぜよりを突ッこんでいた台助が、腑におちない顔をした。
「なんてって――」
九女八は、まだ、素足の引っこみの足どりの幻影を、庭の、雨足のなかに追いながら、
「成田屋のうちの庭は、あすこらあたりに、大きな、低い、捨石があったっけが――」
と、自分でも思いがけない、話の本筋とは違うことを、ふいと、口に浮び出したままいった。
「お歿なんなすってからも、居間の前の庭は、当時そのままだから――」
九女八は、一木一石といったふうの団十郎の家の庭に、鷺草が、今日も、この雨に、しっとりと濡れているだろう風情を、思うのだった。