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いちかわくめはち
新編 近代美人伝 (下)
長谷川 時雨
Read 新編 近代美人伝 (下) (いちかわくめはち) by 長谷川 時雨 (はせがわしぐれ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 138,172 characters · 277 screens
してまた、ゆるめた絃は最も弾きにくいのだ。第一、爪音が出ない、下手に強く爪をあてれば柱が動き出す。
「荘重な音を出す工夫は――」
鼓村師の独特の爪でなければ――だが、鼓村師のはまた格別な品だ。象牙の、丸味のある、外側を利用して、裂断た面の方に、幾分のくぼみを入れ、外側は、ほとんど丸味のあるままで、そして、爪さきの厚味は四分もあるかと思われる、厚い、大きな爪だ。それなればこそ、撫でるような、柔らかな、霰のたばしるような、怒濤のくるような響き――あの幽玄さはちょっと、再び耳にし得ない音色だった。
「あああれは、あの人でなければ出来ない。」
そうはいったが、浜子も、その事も考えてもいたのだ。
「この音色で、非力なわたくしの爪音が、どこまで達しるかしら。」
充分に、絃と、柱との融合を計ったうえ、浜子は研究の態度でいった。やれるかやれないかは、この、音の響きひとつであるという真剣さが溢れていた。
私は、縁側の障子を開いた。高みから見る横浜関内の、街々の灯は華のようにちらめいて、海の方にも碇泊船の燈影が星のようにあった。次の間の境をあけると、家の人たちは、二人でむっつり帰って来て、燈もつけない室で、箏をとり出して、弾くのでもなく、何かもずもずやっているので、何ごとかと案じていたように、そっと来て様子を見ていた。