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にほんイデオロギーろん
日本イデオロギー論
戸坂 潤
Read 日本イデオロギー論 (にほんイデオロギーろん) by 戸坂 潤 (とさかじゅん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 263,376 characters · 511 screens
ないからである、と云うのである。
普通ヘーゲルの弁証法の真意は、哲学的始元が有つ始元の弁証法を斥け、事物自身のもつ内容的弁証法を採るにあると考えられているが、高橋教授によれば、この内容的弁証法によるのでは、何故純有が無に対立しそして二つが統一され得ねばならぬかが一元的には理解出来ず、之を理解するにはこの純有と無とを同じく抽象的なものと考えねばならなくする筈の「抽象作用」を根本に置く必要が生じる、というのである。この抽象作用が本当の第一の始元であって、之が第二の始元として自己を限定したのが、所謂始元として選ばれた純有に外ならぬ、と教授は主張する。之によると純有は全く抽象作用という意識なり観念(イデー)なりの所産としての範疇なわけで、ヘーゲルが不徹底にも、何か之に先立つような本当に直接的な有を考えたことが、その弁証法へ神秘性とパラドックスとの外観を与えているということになる。即ちヘーゲルは寧ろ、その内容の弁証法の根柢に本当の始元の(抽象作用)の弁証法を置くべきだったというのである。
抽象という媒介作用によって、抽象的なそして媒介的に直接な「始元」たる純有を結果するのだとすれば、純有はもはや始元でないのは云う迄もないが、この抽象作用に相当するカテゴリーは寧ろ成でなくてはならぬ。