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にほんふどうき
日本婦道記
山本 周五郎
Read 日本婦道記 (にほんふどうき) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 13,885 characters · 27 screens
「そうです」
より女はその叫びに答えるように頷ずいた。
「……大三郎はお仏壇へ帰って来たのです、午すぎに知らせがありました、諏訪ノ原の合戦で討死をしたのだそうです」
「母上さま」あきつは噎ぶように叫んだ、「……母上さま」
「お泣きではないでしょうね」
より女はつと手を伸ばしてあきつの肩を押えた。
「……大三郎はさむらいの道を全うしたのです、さぞ本望なことでしょう、あなたが大三郎の妻なら泣く筈はありませんね、さあ、いって香をあげて下さい、あれもさぞ待っていたことでしょうから」
あきつはよろめく足を踏みしめながら立った、涙を押しぬぐい、衣紋をかいつくろって、気を鎮めるようにやや暫く瞑目してから、そっと仏壇にあゆみ寄った。吉村大三郎と俗名だけ書いた、ま新らしい位牌が、燈明の光のなかにじっとこちらを向いている、あきつは震える手で香をあげ、しずかに合掌しながらその位牌を見まもった。――お帰りあそばしませ。あきつはその人に向っている気持で、口のうちにそう呟やいた。そして大三郎がすでにこの世の人でなく、たましいになって帰ったからには、告白するまでもなく自分の過ちは見とおしている筈だ、そしてその過ちを犯した自分の気持も、おそらく赦して貰えるだろうと思った。