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にちりん
日輪・春は馬車に乗って 他八篇
横光 利一
Read 日輪・春は馬車に乗って 他八篇 (にちりん) by 横光 利一 (よこみつりいち) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 86,787 characters · 177 screens
大夫の妻は長羅の腕を握ってひきとめた。
「王子よ、我を伴なえ、我は今宵とともに死ぬるであろう。」
大夫は妻の首を掴んで引き戻そうとした。
「爾は我を欺いた。爾は狂った。」
「放せ、我は爾の妻ではない。」
「ああ、妻よ、爾は我を欺いた。」
大夫は妻の髪を掴んで引き伏せようとしたときに、再び新しい一人の足音が、蹌踉めきながら三人の方へ馳けて来た。それは酒盞を片手に持った長羅の父の君長であった。彼は踏み辷ると土を片頬に塗りつけて起き上った。
「女よ、我は爾を捜していた。爾の踊りは何者よりも美事であった。来れ、我は今宵爾に奴国の宮を与えよう。」
君長は女の腕を握って踏段を昇っていった。大夫は女の後から馳け登ると、再び妻の手を持った。
「王よ、女は我の妻である。妻を赦せ。」
「爾の妻か。良し。」
君長は女を放して剣を抜いた。大夫の首は地に落ちた。続いて胴が高縁に倒れると、杉菜の中に静まっている自分の首を覗いて動かなかった。
「来れ。」と君長は女にいってその手を持った。
「王子よ、王子よ、我を救え。」
「来れ。」
女は君長を突き跳ねた。君長は大夫の胴の上へ仰向きに倒れると、露わな二本の足を空間に跳ねながら起き上った。