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きゅうしゅじん

旧主人・芽生

島崎 藤村

Read 旧主人・芽生 (きゅうしゅじん) by 島崎 藤村 (しまざきとうそん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 149,813 characters · 302 screens

Aozora Bunko

(ぜん)に香の物と猪口(ちょく)を載せて出し、丼(どんぶり)には汁をつけてくれる。

「さあ、御燗(おかん)がつきやした」

と時代な徳利を布巾(ふきん)で持添えて、勧めた。源は熱燗の極(ごく)というところを猪口にうけて、

「お前(めえ)の御酌だと、同じ酒が余計に甘く飲めるというもんだ」

「まあ、源さの巧く言うこと」

「どうだい、私の女房になる気はねえかよ」

「戯語(じょうだん)ばかりお言いでない」

客も黙ってはいられません。黒々と生延(はえの)びた腮(あご)の鬚(ひげ)を撫廻しながら、

「とかく、若い方の傍へは寄りたいものと見えるね」

と、ちらちらした目付で、娘を嬲(なぶ)りにかかる。娘はすこし憤然(むっ)として見せて、

「この御客さんも、これでなかなか学者だぞい」

「へへへへ」と客はいやに笑って、「これでとは何だよ。人間も朝から晩まで稼(かせ)ぐばかりじゃ、ねっからつまりませんや。ちったあ自分の好自由になる時がなくちゃ」

「貴方(あんた)、好事(いいこと)を教えて上る」と娘は乗出して、「明日はゆっくりお勝さんの許(とこ)へ行って、一緒に小屋の内で本でも読みやれ」

「へへへへ、明日は日曜だ。