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きゅうしゅじん
旧主人・芽生
島崎 藤村
Read 旧主人・芽生 (きゅうしゅじん) by 島崎 藤村 (しまざきとうそん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 149,813 characters · 302 screens
露深い草のなかに鳴く虫の歌は眠たい音楽のように聞える。親子は、黄ばんだ光のさすところへ出たり、暗い樹の葉の蔭へ入ったりして、石ころの多い坂道を帰って行きました。
「そいッたっても、馬鹿な子だぞよ」と母親は萎れて歩きながら、「お前、お隅の父親(おやじ)さんも飛んで来なすって、医者様を呼ぶやら、水天宮様を頂かせるやら、まあ大騒ぎして、お隅も少許(ちったあ)痛みが治ったもんだで、今しがた帰って行きなすった。女の身体というものは、へえ油断がならねえ。あれで血の道でも起ってからに、万一(もしも)の事が有って見ろ。これが巡査(おまわり)さんの耳へ入(へい)ったものならお前はまあどうする気だぞい――痴児(たわけ)め。
忘れたかや。お前にはお梅さという許婚(いいなずけ)があったからしてに、父さんはお隅を家へ入れねえと言いなすったのを、お前がなんでもあの子でなくちゃならねえように言うもんだで、私が父さんへ泣いて頼むようにして、それで漸(やっ)と夫婦になった仲じゃねえかよ。お隅を貰(もら)ってくれんけりゃ、へえもう死ぬと言ったは誰だぞい。
私はお前の根性が愍然(かわいそう)でならねえ。