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きゅうしゅじん

旧主人・芽生

島崎 藤村

Read 旧主人・芽生 (きゅうしゅじん) by 島崎 藤村 (しまざきとうそん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 149,813 characters · 302 screens

Aozora Bunko

これを旦那様に申上げたら、事の破れはさてどうなるだろう。耐えに耐えた旦那様の御怒が一旦洪水のように切れようものなら、まあその勢はどんなであろう。平常御人の好い旦那様のような御方が御立腹となった日には、どんな恐しいことをなさるだろう。とこう想い浮べましたら、遽に身の毛が弥起って、手も足も烈しく震えました。ふらふらとして其処へ仆れそうにもなる。とても躊躇わずにはいられませんのでした。私は見えない先のことに恐れて、上草履を鳴らしながら板の間を歩いて見ました。

冬の光は明窓から寂しい台所へさしこんで、手慣れた勝手道具を照していたのです。私は名残惜しいような気になって、思乱れながら眺めました。二つ竈は黒々と光って、角に大銅壺。火吹竹はその前に横。十能はその側に縦。火消壺こそ物言顔。暗く煤けた土壁の隅に寄せて、二つ並べたは漬物の桶。棚の上には、伏せた鍋、起した壺、摺鉢の隣の箱の中には何を入れて置いたかしらん。棚の下には味噌の甕、醤油の樽。釘に懸けたは生薑擦子か。流許の氷は溶けてちょろちょろとして溝の内へ入る。爼板の出してあるは南瓜を祝うのです。手桶の寝せてあるは箍の切れたのです。