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きゅうぶんにほんばし
旧聞日本橋
長谷川 時雨
Read 旧聞日本橋 (きゅうぶんにほんばし) by 長谷川 時雨 (はせがわしぐれ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 18,172 characters · 36 screens
それに、暖簾も紺、長暖簾もおなじく、屋号と、印を白く染めぬいた紺のれんで、鉄や厚い木の天水桶が店のはずれに備えつけてあって、中にはなかなか立派な、金魚や緋鯉が住んでいた。ちらちらと町に青いものが見えれば、それは大概大きな柳の木だ。奥庭には、松や榧や木や、柏も柚の木も、梅も山吹も海棠もあって、風に桜の花片は飛んで来ることはあっても、外通りは堅気一色な、花の木などない大問屋町であった。
問屋が多いので、積問屋――運送店――の大きいのも、すぐ近くに二軒もあったし、荷馬車がどこかしらに繋いであるので、泣けば、お馬さんを見ましょうというか、夕方ならば、お月さんが出たと門につれだされる位、蝉の声もあんまりきかない四辺で、そのくせ、大問屋町というのは妙に奥や裏の方は森閑としていたもので、真夏でも、妙に冷たい風のくる路のあるような、家居であった。
あたしの家も、祖父のころは呉服を大名の奥に納める家業、近所にあった祖母の兄の店が大きかったというが、その兄が死んでから、後妻が、御殿女中あがりだったので、子供に甘くて、店をつぶしてしまったし、時も丁度御維新の、得意筋の幕府大奥や、諸大名の奥向きというところがなくなったので、祖父も店をやめてしまって、あたしが生まれたころには、もはや祖父卯兵衛は物故し、父は代言人を職としていた。