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はんしちとりものちょう
時代推理小説 半七捕物帳(一)
岡本 綺堂
Read 時代推理小説 半七捕物帳(一) (はんしちとりものちょう) by 岡本 綺堂 (おかもときどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 47,663 characters · 97 screens
熊蔵は愛宕下で湯屋を開いていたので、仲間内では湯屋熊と呼ばれていた。彼はよほど粗忽かしい男で、ときどきに飛んでもない間違いや出鱈目を報告するので、湯屋熊のほかに、法螺熊という名誉の異名を頭に戴いていた。
「今晩は……」
「どうだい、熊。春になっておもしれえ話もねえかね」
半七は長火鉢の前で訊いた。
「いや、実はそれで今夜上がったんですが……。親分、ちっと聞いてお貰い申してえことがあるんです」
「なんだ。又いつもの法螺熊じゃあねえか」
「どうして、どうして、こればかりは決して法螺のほの字もねえんで……」と、熊蔵はまじめになって膝を揺り出した。「去年の冬、なんでも霜月の中頃からわっしの家の二階へ毎日遊びに来る男があるんです。変な奴でしてね、どう考えてもおかしな奴なんです」
三馬の浮世風呂を読んだ人は知っているであろう。江戸時代から明治の初年にかけては大抵の湯屋に二階があって、若い女が茶や菓子を売っていた。そこへ来て午睡をする怠け者もあった。将棋を差している閑人もあった。女の笑顔が見たさに無駄な銭を遣いにくる道楽者もあった。熊蔵の湯屋にも二階があって、お吉という小綺麗な若い女が雇われていた。