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ほんじょまつざかちょう
本所松坂町
尾崎 士郎
Read 本所松坂町 (ほんじょまつざかちょう) by 尾崎 士郎 (おざきしろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 27,622 characters · 55 screens
山にかこまれているだけに気温が高く、谷合いの道には紅梅の花の蕾がふくらみかけていた。月のうつくしい晩である。黒い影が竹藪の中のほそい道をのぼってきた。丘のかげに、屋根の傾きかかった小さい百姓家があった。
「いるか」
太く濁った、ねばりつくような声である。
大地を踏みつけるような乱れた足音が聞えた。
「寒いのう、おのぶさんいる、かや?」
木目が荒れて、ところどころにすき間ができ、ひと押しすればすぐ倒れそうな板戸である。その板戸を指先きで、コツコツとはじいた。
すき間から覗いてみると、土間につづく板縁の横に囲炉裏があり、枯れた雑木の枝がくすぶりながら燃えている。栗の実のはぜる音が聞えた。
三十をすぎた母と十四になる娘と、七つになる息子との三人ぐらしである。母と娘が顔を見合わせた。また来やがった――と思うだけで、もう身も世もない気もちなのである。
おのぶは、娘をうしろへ庇うようにしながら、
「誰かな!」
低い、もつれるような声で表の板戸の方を向いた。「今夜はもうやすんだでのう」
そういってから慌てて娘の肩を小突いた。
「お絹、そっと裏から出あ、藤作さんに、栗がよう焼けたからおいでといってな」