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ほんじょまつざかちょう
本所松坂町
尾崎 士郎
Read 本所松坂町 (ほんじょまつざかちょう) by 尾崎 士郎 (おざきしろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 27,622 characters · 55 screens
嗤うに堪えぬ。どころか彼等の怒りは心頭に発しているのである。私の少年時代には吉良上野顕彰の意味をふくめて郷土人形の赤馬をつくる「赤馬会」というものがあった。赤馬は上野介の愛撫した彼の乗馬である。江戸から、毎年のように領地へ帰ってくるごとに、彼は一人の従者もつれず領内の巡視に出かける。そのときの上野介は宗匠頭巾をかぶった好々爺で彼は道で、すれちがう誰彼の差別もなく、和やかな微笑を湛えて話しかけた。
菜種の黄、レンゲの紫に彩られた田舎道に領主の赤馬が絵のようにうかびあがると鼻たれ小僧どもがわいわい騒ぎながら駈けあつまってくる。
春の陽ざしにゆるやかな影を刻んで、のろのろと動いてゆく赤馬の姿の愉しさが象徴するものは上野介の人徳ででもあった。
領民の不平や不満は細大もらさず一つとして領主からとりあげられぬものはない。この好々爺は、気が向くと、細葉(ホソバ)の垣をめぐらした百姓家の前へ馬をつなぎ、
「いい天気じゃのう、ああ咽喉が乾いた、――茶を一杯所望するぞ」
と、屈託のない声をかけながら、軒の低い百姓家の暗い土間の中へのっそりと入ってゆく。
「これは御領主さま」