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ますおとし
枡落し
山本 周五郎
Read 枡落し (ますおとし) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 33,765 characters · 67 screens
みんな自分が大切なのだ、田舎からこの江戸へ出て来て、どこでどのようなくらしにありつけるか、この江戸で、はたして生きてゆけるかどうか、という考えでいっぱいなのだ、人のことなど構っていられないのが、あたりまえじゃないかと。
「おっ母さん」とおうめが云った、「家主さんがおいでですよ」
おみきは仕事の手を休めて、振り返った。家主の喜六が上り框のところに立って、着物の衿をくつろげ、片手で顔を拭きながら、扇子で胸元をあおいでいた。十二月だというのに、堅太りの顔は油でも塗ったようにぎらぎらと、赤く張りきっていて、こっちまでが暑くなるように思えた。
「あの角のね」と家主の喜六が云った、「今月いっぱいで空くので、そのあと、あんたたちにはいってもらいたいと思うんだがね」
「あの角というと、版屋さんのいるうちですか」
「ええ、あれがねえ」喜六は顔の汗を拭きながら云った、「わ印(猥本)を刷っていたことがわかって、ところ払いになったのは、おとついのこったがね、それで、そのあとへおまえさんにはいってもらおうと思うんで、それで来たんだがね」
どうだろうと云われて、おみきは返辞に困った。