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ならのわかば
楢の若葉
佐藤 垢石
Read 楢の若葉 (ならのわかば) by 佐藤 垢石 (さとうこうせき) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 1,927 characters · 4 screens
『鮎がきたら、二人で精一杯釣ろうね』
私に諭すように言う。ほんとうに優しい父であった。
それから、長い月日が流れた。しかし、この日の記憶は去らないのである。毎年、初夏がきて楢の青い葉が天宝銭ほどに育ったのを見ると、葉の面に父の顔が描き出される。そして、莞爾と微笑む。
私の父は、一家の経営には全く無能の人であった。つまり、経済ということには、ほんとうに無関心な人柄であったのである。そのために、私の家は年毎に田が一枚減り、畑が二枚と減っていった。
だが、私はいま昔の俤のない故郷の家を見ても、父を怨む気など少しも起こらない。私の想い出には、やさしい父というほか何もないのである。
鮎の姿が、眼に浮かぶ。釣った鮎を手に握ると、父の愛が蘇る。地下の父と、鮎とが渾然としてしまうのである。
竿を差しのべて、なぎさに佇む痩せた父の姿。家にあれば、何なりと村の人の言うことに、諾々とうなずいた好人物の父……。
鏡に映るわが白き鬢髪を見て、年毎に亡き父の俤に似てくるわが姿を想って、感慨無量である。