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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
Read 樅ノ木は残った (もみノきはのこった) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 112,073 characters · 223 screens
「涌谷との往来はどうだ」
――まったくないといいます。
「仙台でもか」
――原田どのは船岡にこもったきりらしゅうございます。
「仙台へは出ないのか」
――国目付衆が下向すれば、仙台へ出なければならぬでしょうが、まだ帰国して以来ずっと船岡にこもったままのようです。
「今年の国目付は」
――使番の荒木十左衛門どの、桑山伊兵衛どので、五月一日に出発されます。
「そのとき注意するようによく申してやれ」
――承知いたしました。
「国目付が到着すれば、涌谷も仙台へ出ずばなるまい、そのとき眼を掠められないようにしろと云え」
――申し遣わします。
「甲斐は船岡でなにをしておる」
――例によって山小屋にひきこもり、樹を伐ったり猟をしたりしているそうです。
「変った男だ」
――昔からでございます。
「そうだ、昔からあんなふうだ、館にいるときは柔和で穏健で、殆んど君子といったふうだ、江戸番のときはなおさら、人づきあいもよく誰にも好かれ、怒るとか荒い声をだすような例はかつてない、隠宅を持つなどということは外聞を憚るものだし、周囲でも見て見ぬふりをするものだ、しかし彼は湯島に隠宅のあることを隠そうともしないし、またそれを非難する者もない、相当なねじけ者までが湯島を訪ねて、馳走になったり泊ったりすることさえある」