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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
Read 樅ノ木は残った (もみノきはのこった) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 112,073 characters · 223 screens
「ござったよ」
甲斐が二人に訊いた、「久兵衛はいたか」
すると、文造は平助を見た。平助はぬいだ頭巾を指でまさぐり、咳をし、文造に振返ってから、またゆっくりと、甲斐のほうへ向いて、云った。
「虚空蔵(山)からおりて来たです」
「鉄砲を射ったのは誰だ」
「おらが射ったです」
「なぜ射ったのだ」
平助は文造を見た。べつに意味はない、言葉が口へ出るまでに暇がかかるので、漫然とあちらを見たりこちらを見たりするだけで、かれらがしばしばお互いを見るのは、ほかを見るより気が楽だからであった。
「小屋へ帰らねえと云うだで」と平助は答えた。
裏口から与五兵衛がはいって来た。彼は濡れた桶を持っていたが、それを釜戸の脇へ置いて、二人のほうへ近より、強い山訛りで、きめつけるように訊いた。
「小屋へ帰らないでどうするというだ」
平助は肩をちぢめた。殿さまをつけ覘うらしい、と文造がとりなすように答えた。与五兵衛は眼を怒らせた。殿さまをつけ覘うって。そう云っただ、殿さまの腹へ鉛だまをぶち込むだ、それまでは小屋へは帰らねえって、そ云ってたですよ、と文造は告げた。それで射ったのか。へえ。久兵衛はどうした。