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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
Read 樅ノ木は残った (もみノきはのこった) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 145,078 characters · 285 screens
と甲斐は云った、「御威勢なみならぬ厩橋さまはじめ、閣老諸侯多きなかにも、この美酒を差上げ、味と香を篤と味わって頂きたいのは、大和守さまごいちにんでこざいます」
甲斐は両手を膝に置いて、静かに大和守の眼をみつめた。大和守広之はその眼を見返した。甲斐の眼は静かだったが、大和守の視線には、相手の心を読み取ろうとするような、一種の力がこもっていた。
「うん」とやがて大和守は云った、「この酒の味と香りは珍重だ、これを味わいながら話しを聞くとしようか」
「おそれながら、お側衆の耳には聞き苦しいこともあるかと存ぜられますが」
「人払いが所望か」
「私は構いませぬ、けれども、話しの中にはお側から好ましくないと、お差止めの出るようなものもございますので」
亀谷が咳をした。
「清左衛門、さがっておれ」と大和守が云った、「呼ぶまで来てはならんぞ」
亀谷はためらったが、大和守は「さがっておれ」といってきかなかった。
亀谷清左衛門は甲斐を見た。甲斐は差していた脇差をとって、清左衛門に渡し、清左衛門は立って、廊下に控えていた若侍とともに去った。――庭のほうからかすかに風が吹き入って来、燭台の火がゆらめいた。