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せっしょうだにのおにび
殺生谷の鬼火
山本 周五郎
Read 殺生谷の鬼火 (せっしょうだにのおにび) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 9,545 characters · 19 screens
「与二郎、明けて呉れ、僕だ、敦夫だ」
と雨戸も破れよと叩いた。――村田与二郎は大男の予備軍曹で、満洲事変の時には出征軍に加わり、すばらしい働きをして勲章を拝受した、村一番の豪胆者だった。
「おお、是は若旦那じゃありませんか、どうなすったんで。――おや、それは奥さまですね!」
「訳はあとで話す、母さんを預けるから、直ぐ医者を呼んで手当をして呉れ、――それから馬はあるか」
「曳いて来ましょう」
与二郎は母親を抱取って奥へ運ぶと、厩から手早く馬を曳出して来た。――敦夫は猟銃の安全錠を外し、ひらり馬に跨がると、
「後で会おう、母さんを頼むぞ」
と云い捨てざま、馬腹を蹴って北へと、疾風のように駆けだした。
街道を廻ったのでは間に合わないと思ったから、道を外れて藪ヶ丘を遮二無二乗り越え、檜の植林地を横断して吉井村と椙原村をつなぐ街道へ出た、――それを更に南へ十丁あまり、馬を煽り煽り行くと、向うから、
「あ――ッ 助けてッ」
凄じい悲鳴が聞えて来る。
「チイ公だ」
と直感した敦夫が、驀地に乗りつけて行くと、道の上に一台の馬車が停まって居り、その周囲を、大きな青白い火の玉が、恐ろしい早さでくるくると舞狂っている、――鬼火だ、殺生谷の鬼火が現われたのだ。