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かいいき
海異記
泉 鏡花
Read 海異記 (かいいき) by 泉 鏡花 (いずみきょうか) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 18,223 characters · 37 screens
浪の音には馴れた身も、鶏の音に驚きて、児と添臥の夢を破り、門引きあけて隈なき月に虫の音の集くにつけ、夫恋しき夜半の頃、寝衣に露を置く事あり。もみじのような手を胸に、弥生の花も見ずに過ぎ、若葉の風のたよりにも艪の声にのみ耳を澄ませば、生憎待たぬ時鳥。鯨の冬の凄じさは、逆巻き寄する海の牙に、涙に氷る枕を砕いて、泣く児を揺るは暴風雨ならずや。
母は腕のなゆる時、父は沖なる暗夜の船に、雨と、波と、風と、艪と、雲と、魚と渦巻く活計。
津々浦々到る処、同じ漁師の世渡りしながら、南は暖に、北は寒く、一条路にも蔭日向で、房州も西向の、館山北条とは事かわり、その裏側なる前原、鴨川、古川、白子、忽戸など、就中、船幽霊の千倉が沖、江見和田などの海岸は、風に向いたる白帆の外には一重の遮るものもない、太平洋の吹通し、人も知ったる荒磯海。
この一軒屋は、その江見の浜の波打際に、城の壁とも、石垣とも、岸を頼んだ若木の家造り、近ごろ別家をしたばかりで、葺いた茅さえ浅みどり、新藁かけた島田が似合おう、女房は子持ちながら、年紀はまだ二十二三。
去年ちょうど今時分、秋のはじめが初産で、お浜といえば砂さえ、敷妙の一粒種。