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しせい

消えた受賞作 直木賞編

富田 常雄

Read 消えた受賞作 直木賞編 (しせい) by 富田 常雄 (とみたつねお) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 17,806 characters · 36 screens

Aozora Bunko

そんな五言古詩の浮んだというのも、わしの老衰していないことを物語るものだと思う。

「杉山、東京の者は誰か居るか」

と、わしが訊くと、杉山は、一寸、口籠ったが、

「いえ、唯だ今はどなた様も。九月の声をおききになると、すぐ、お引揚げでございました」

やれやれと思い、ひと渡り庭を見渡すと、何処となく荒れて、留守の間のふしだらが思われ焦々はしたが、夏だったら、孫や曾孫どもが群れ集まって邸中を荒らし回わっていように、もう、秋もなかばで、あれ達の姿や声を聞かないだけでも助かった思いがした。

玄関の敷台に迎えた使用人の数も嘘の様に減ってはいたが、そんな事よりも、部屋、部屋の荒れかたがひどかった。壁の落ちた処、畳の擦り切れた処、唐紙の破れなぞ、眼にあまるものがあった。大家族が勝手気ままに暮らした跡が歴然として居る。巣鴨へ迎えに来た長男も次男も、留守に邸を使って居たことなぞ、ひと言もいわなかったが、これで見ると、住宅難で勝手な人間がここを塒にして居たに違いない。貴人茶室を真似た書院造りの、居間だけには、どうやら、人の住んだ跡は見えなかったが、床の壁が落ち、横長窓の小舞の女竹が折れて居たりして、わしは不快になり、明日から、早速、職人を入れて修理する様に杉山に命じた。