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しぶやけのしそ
渋谷家の始祖
宮本 百合子
Read 渋谷家の始祖 (しぶやけのしそ) by 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 68,023 characters · 133 screens
立派な学識を持ちながら、泣きついて懇願する恥辱を、忍ぼうとする必要は、求めても見出せなかった。生活というものが、不思議に固定して、動くべき軌道の上を、何の驚異もなく動いて行くのを傍観し馴れている正隆は、自分の才能が発揮されたからといって、それで、今日まで流れて来た、大河のような自分の生活が、どうなるものでもあるまい、という心持もしていた。
転って行くトラックの上で、いくら、踊って見ても舞って見ても、結局は小車の行く処へ、連れて行かれるばかりではないか。
正隆は、この気分に、絶望を混ぜてはいなかった。然し、委せた、萎(しな)びた無為である。従って、彼の持つ希望の中には、焔がない。燃え上る何物をも含んでいない。
正隆は、「青年」を失っていたのである。
母未亡人の偏愛が醸した、性的の自堕落は、殆ど彼の少年時代から、魂を無責任な追従や阿諛(あゆ)で硬化して来た。
彼の感じる生活というものは、相当な歓楽と、相当な名誉との可能を持った、何かはっきりしない、或る程度までは退屈な時の連続であった。
身も魂も投げ込んで、白熱した生命の威力に洗われなかった正隆は、自負を持ちながら、今の生活に何等かの改造を齎(もたら)すべきものとして、自分の才能を考えることは出来なかった。