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しょうねん
潤一郎ラビリンスI――初期短編集
谷崎 潤一郎
Read 潤一郎ラビリンスI――初期短編集 (しょうねん) by 谷崎 潤一郎 (たにざきじゅんいちろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 41,319 characters · 84 screens
若し其の時に何等か応急の手あてを施さなければ、血が、体中の総ての血が、悉く頸から上の狭い堅い圓い部分―――脳髄へ充満して来て、無理に息を吹き込んだ風船玉のように、いつ何時頭蓋骨が破裂しないとも限らない。そうなっても、汽車は一向平気で、素晴らしい活力を以て、鉄路の上を真ッしぐらに走って行く。―――人間一人の命なんかどうなっても構わないと云うように、煙突から噴火山のような煤煙を爆発させ、轟々と冷酷な豪胆な呻りを挙げて、真暗なトンネルをくゞったり、長い長い剣難な鉄橋を渡ったり、川を越え野を跨ぎ森を繞りながら、一刻の猶豫もなく走って行く。乗合いの客達も、至極のんきな風をして、新聞を読み、煙草を吹かし、うたゝ寝を貪り、又は珍らしそうに眼まぐるしく展開して行く室外の景色を眺めて居る。
「誰れか己を助けてくれエ! 己は今脳充血をおこして死にそうなんだ。」
私は蒼い顔をして、断末魔のような忙しない息遣いをしつゝ、心の中でこう叫んで見る。そうして、洗面所へ駈け込んで頭から冷水を浴びせるやら、窓枠にしがみ着いて地団太を蹈むやら、一生懸命に死に物狂いに暴れ廻る。
どうかすると、少しも早く汽車を逃れ出たい一心で、拳固から血の出るのも知らずに車室の羽目板をどんどん叩きつけ、牢獄へ打ち込まれた罪人のように騒ぎ出す。