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はいいろのきおく

灰色の記憶

久坂 葉子

Read 灰色の記憶 (はいいろのきおく) by 久坂 葉子 (くさかようこ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 65,588 characters · 132 screens

Aozora Bunko

近くの料理屋へ交渉にゆく。芸者共が、シャチョウハーンと、ことこと下駄を鳴らしてはいって来ても、丁寧に扱わなければならない。彼女等は、私よりも会社へ奉仕しているらしい。

所属の部所が私には与えられていなかったから、タイピストは私に、コッピーのよみあわせをしてくれと頼みに来るし、営業の人は、使い走りを命令し、会計は、銀行ゆきをしてくれという。毎日のいそがしさは、五時から六時までもつづく。労働基準法など、てんで問題にされていないから、勿論残業手当など出る筈がない。

さして私は疲れを感じないでいた。ひっきりなしに行われる肉体の労働で、私自身の存在の価値や生き方を考えてみる余裕は、戦時中より更になかった。これは結構なことであった。人との挨拶の仕方や、電話の応答は二三日でのみこんでしまえたから、緊張して気遣いで疲れることはなかった。それに叱られても、他の女の子達のように、めそめそ泣くことは出来なかった。上役からも下っ端からも私はかわいがってもらえた。すれていなくて、ハイハイと云って何でもする。私は別に心から、彼等を敬愛し、昔気質の旦那への忠実をもって働いたわけではなかったが、私の内面を見事にカヴァーしてしまうこと位、その時はなんなくやれたのである。