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からすうりのはなとが
烏瓜の花と蛾
寺田 寅彦
Read 烏瓜の花と蛾 (からすうりのはなとが) by 寺田 寅彦 (てらだとらひこ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 8,472 characters · 17 screens
尤もその日は特に蒸暑かったのに、ああいう、設計者が通風を忘れてこしらえた美術館であるためにそれが更に一層蒸暑く、その暑いための不愉快さが戸惑いをして壁面の絵の方に打つかって行ったせいもあるであろう。実際二科院展の開会日に蒸暑くなかったという記憶のないのは不思議である。大正十二年の開会日は朝ひどい驟雨があって、それが晴れると蒸暑くなって、竹の台の二科会場で十一時五十八分の地震に出遇ったのであった。そうして宅へ帰ったら瓦が二、三枚落ちて壁土が少しこぼれていたが、庭の葉鶏頭はおよそ天下に何事もなかったように真紅の葉を紺碧の空の光の下に耀かしていたことであった。しかしその時刻にはもうあの恐ろしい前代未聞の火事の渦巻が下町一帯に拡がりつつあった。そうして生きながら焼かれる人々の叫喚の声が念仏や題目の声に和してこの世の地獄を現わしつつある間に、山の手では烏瓜の花が薄暮の垣根に咲き揃っていつもの蛾の群はいつものように忙わしく蜜をせせっているのであった。
地震があれば壊れるような家を建てて住まっていれば地震の時に毀れるのは当り前である。しかもその家が、火事を起し蔓延させるに最適当な燃料で出来ていて、その中に火種を用意してあるのだから、これは初めから地震に因る火災の製造器械を据付けて待っているようなものである。