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やのしのとい

矢押の樋

山本 周五郎

Read 矢押の樋 (やのしのとい) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 14,468 characters · 29 screens

Aozora Bunko

「切れた、切れた!」

という家士の絶叫を聞いて、振返った梶之助の眼に、いきなり天空からのしかかるような、恐ろしく大きな黒いものが見えた。

「危い! 逃げて下さい!」

梶之助は力任せに外記を突飛ばした。

どうっという凄じい地響きと共に、石と水と土とが一緒になって、その強大な翼を力いっぱい拡げながら崩落して来た。……頭から泥水を浴びて、危くも逃げ延びた塩田外記は、その崩落する濁流と石垣の直下に、梶之助の逞しい体をはっきり認めたように思った。

――兄も弟も。

外記は奔流の暴々しい叫びを聞きながら、呆然と心に呟いていた。

――兄も弟も、……こうと決めると後へ退かぬ奴だった。然し覚えて置くぞ、内濠の石垣には樋があったのだ、矢押の樋が。

梶之助は崩壊する石垣の下になって死んだ、そして再びその石垣が築上げられたとき、其処には城外へ引く大樋が掛けられていた。……梶之助の予想はかなり正確で、その水は北見村の十町田を生かし、更にその附近の田地を広く潤すことが出来た。考えようによれば、無論それは局部的な僅な効果でしかない、然し、……そういう場合には城濠の水も切ろうという、藩政の方向を示した事が重大であった。