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ちちぶきこう
知々夫紀行
幸田 露伴
Read 知々夫紀行 (ちちぶきこう) by 幸田 露伴 (こうだろはん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 15,784 characters · 31 screens
、これは若く壮なる人の面の如し。特に世の常の巌の色はただ一ト色にしておかしからぬに、ここのは都ての黒きが中に白くして赤き流れ斑の入りて彩色をなせる、いとおもしろし。憾むらくは橋立川のやや遠くして一望の中に水なきため、かほどの巌をして一トしおの栄あらしむること能わず、惜みてもなお惜むべきなり。
堂のこなた一段低きところの左側に、堂守る人の居るところならんと思しき家ありて、檐に響板懸り、それに禅教尼という文字見えたり。ここの別当橋立寺と予て聞けるはこれにやと思いつつ音ない驚かせば、三十路あまりの女の髪は銀杏返しというに結び、指には洋銀の戒指して、手頸には風邪ひかぬ厭勝というなる黒き草綿糸の環かけたるが立出でたり。さすがに打収めたるところありて全くのただ人とも見えぬは、これぞ響板の面に見えたる人なるべし。奥の院の窟の案内頼みたき由をいい入るれば、少時待ち玉えとて茶を薦めなどしつ、やおら立上りたり。何するぞと見るに、やがて頸長き槌を手にして檐近く進み寄り、とうとうとうと彼の響板を打鳴らす。禽も啼かざる山間の物静かなるが中なれば、その声谿に応え雲に響きて岩にも侵み入らんばかりなりしが、この音の知らせにそれと心得てなるべし、筒袖の単衣着て藁草履穿きたる農民の婦とおぼしきが、鎌を手にせしまま那処よりか知らず我らが前に