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しほんたいへいき
私本太平記
吉川 英治
Read 私本太平記 (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 116,638 characters · 233 screens
顕家のたてこもった天王寺の附近を中心とする堺ノ合戦、渡辺橋ノ合戦などは、このあいだに一勝一敗をくり返しつつ激烈をきわめ、戦場もここのみでなく、摂津、河内、和泉の野にわたる一円の火となっていた。
「よく戦った」
……思えば、と顕家もかえりみて悔いはなかった。
みちのく以来の、純で野性な若人たちも、あらましは戦場の野晒と化し去って、残るは少なく、多くは、以後の部下だった。
顕家は、その夜、感慨の中にいた。陣中用の小硯と小さい燭を机におき、深更まで何か筆をとっていたのである。外は暗い霧で、この夜も敵味方の声が海鳴りのように遠くでしていた。
顕家が夜をあかして書いた杉原紙十数枚にものぼる文章は、吉野朝廷へたてまつる彼の政治意見書であった。
上奏文の内容は。
兵革に苦しんでいる民の租税をかろくすること。
わけて地方政治に徳を布いて撫民の実を示さねば、国の乱は絶えないであろうということ。
それらの持論を前提に。
まず朝廷みずから「遊幸宴飲」の風習を廃め、一切の奢侈を禁じ、とくに公卿、官女、僧侶らの、
「機務ヲ蠧害シテ、朝廷ノ政事ヲ黷ス」
などの輩は、いわゆる朝恩に狎れて、みだりに、官職の栄を争う醜悪な輩と共に、すべて一掃しなければならないと断じ、時代の悪を、痛嘆しているものだった。