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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

Read 私本太平記 (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 116,638 characters · 233 screens

Aozora Bunko

なにしろ、朝廷はあっても、北朝には、人がない。すこし気概のある公卿は、みな

「武家の傀儡となり、武家の頤使に従っているには忍びぬ」

として、吉野の南朝方へ奔ってしまい、あとにのこっていた公卿といえば、無能か、でなければ、底冷めた忍従だけの者だった。

それに、北朝の光明天皇は、まだ二十歳をやや出たばかり。兄ぎみの光厳上皇とて、これまた、ふかく尊氏直義をおそれて、

「何ごとも、ただ無事なるように」

と、その日その日を、はらはら祈っておられるようなお方としかみられなかった。

もっとも、時人の言葉には、こんなきまであった。

「およそ、光明天皇ほど、お倖せなきみはあるまい。いちどの戦争も経験せずに、将軍家から天皇の位を受けたのだから――」と。

北朝の権威を、人がどの程度に見ていたかは、この一事でもおよそ分かる。

虚位は、どうしても、虚位でしかない。

尊氏もこれまでは、“朝敵”の名をはばかって、本心、皇室には大事をとり、また形式的にも、自分のたてた天皇をうやまってはいたが、しだいに、その形式すらも公卿の無能と共に、持てあましていた。そして今では、無精卵を抱いて雛を待つの愚をすてて、はっきりと、前幕府の北条氏以上な武断政体へと、かたむきだしていたのだった。