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しほんたいへいき
私本太平記(四)
吉川 英治
Read 私本太平記(四) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 229,324 characters · 458 screens
……お、こうしよう。よい口実を持たせて、末吉真吾はさっそくに日野川の上まで使いに出す。おぬしは加茂にお待たせしてある千種殿をつれて、頃合いよく出直せい」
「こころえました。――御船のみかども、一刻千秋のおもいで沖に待ち漂うておられましょう。――お館の方でもお抜かりはございますまいが、いやが上にも、お緊密に」
「よしッ、はやく行け」
長年が奥へ入るのを見て、悪四郎も、つと中廊下の果てから外へ消えた。――この夜、海上の不知火はここらの里ではわからなかったが、しかし、おなじ下弦の月が空にあった。
名和家の門のひそかな人出入りはそれからだった。ここは大山の麓といっていいほどだが、その大山の影も見えない夜霞が館の灯から物音までも朧にしていて、世間の耳目をそらすにはまたとないような桜月夜の――また“春眠暁ヲ知ラズ”の時刻だった。
正装した長年が、
「異存ないな」
と、一同へむかって、念を押したときは、どことなく、春の朝が、人々の顔をほのかに見せだしていた。
夜来、ここへ呼び集められていたのは、長年の子、小次郎長義、孫三郎基長、六郎太義氏、いちばん末子の竹万丸。
また一族では、甥の鬼五郎助高をはじめ、鳥屋彦七、宇田川義直、左摩大八、荒木宗行、それに家職の車尾丹玄などを加えても十五人にみたなかった。