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しほんたいへいき
私本太平記(四)
吉川 英治
Read 私本太平記(四) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 229,324 characters · 458 screens
と、心ぼそくさえなってくる。
「お、正季だな」
そのとき、正成は立ちどまって、千早谷の下で雄叫びする谷こだまをふとのぞきこんだ。
正成は不きげんになった。
「了現。あれはまたぞろ正季が、無断で敵へ突いて出た武者声であるまいか」
「さようかもしれませぬ」
「こまッたものだ」
と、舌うちして、
「たれかいないか」
と、彼方の根小屋の一つへ手をあげ、そこから宇佐美弥次郎が駈けて来る姿へ。
「弥次郎、ひがし谷へ降りて、正季を呼んで来い。すぐ引きあげろと命じるのだ」
「はっ」
弥次郎は、勝負ノ壇へとび降りて、さらに崖の肌をすべるように、谷底へ消えて行った。
勝負ノ壇は、崖から谷のなだれへむかって、凸字形に築出してある武者足場の、小さい堡塁なのである。
それは何十ヵ所とある。
敵軍が三面の崖を、その人海戦術で埋めつくして来るばあい、勝負ノ壇には、七、八人が一ト組となって初めに防ぐ。
まず、よじ登って来る目ぼしい敵を狙い打ちに射とめ、近づく敵は、刺しころす。――が、それでもなお後から後から屍をこえてしがみついて来る敵を充分にひきよせると、初めて本塁の上から、岩や大石の弾丸を投げるのだった。