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しほんたいへいき
私本太平記(四)
吉川 英治
Read 私本太平記(四) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 229,324 characters · 458 screens
「この悪例は、新田めがひらいたものだ。新田の帰国もゆるすではなかった」
いまとなってから、長崎は後悔していた。
上野ノ国の住人、新田小太郎義貞も、ここの寄手に加わっていたが、つい八日ほど前、家老の船田入道義昌をここへよこして、持病の脚気が重るばかりで、とうてい戦務にたえぬゆえ、と帰国を届け出て来たので、ついそれはみとめて、公然な退陣を見過ごしていたのである。
だが、あとで思えば、義貞のも仮病だったにちがいない。そこで、きのう今日の虫のいい願いなどは、一切相ならんときめていたわけだが、しかし、いくさ奉行まで、そう届けてくるのは、まだ廉恥のある方だった。――その朝は千早をうしろに、無断退陣してゆく帰国組が方々から聞え出していた。
それに憤激して、いちいち告げてくる伝令へ、長崎は唾するように言った。
「……なに、追い討ちかけて、引き止めようと申すのか。待て待て、それでは同士討ちの喧嘩になろう。捨てておけ。人間はこんなにいる。腰抜けどもが去れば、ここはかえッて強くなるというものだ」
喧嘩は多い。それもただの日の喧嘩でない。陣中喧嘩だ。すぐ血をながす。
やれオレの主人を嘲ったの、こっちの部下を撲ったのと、小さい殺傷沙汰はひッきりなしだし、それぞれの大将間でも、陣地割りの不平やら、糧米配分の苦情やらで、味方同士反目の