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しほんたいへいき
私本太平記(四)
吉川 英治
Read 私本太平記(四) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 229,324 characters · 458 screens
「うちあけるのか、高氏の腹を」
「さようで」
「さて。いまはどうかの?」
「いまを措いてはございませぬ。なんとなれば」
と、師直は、はっきり自分の意見を吐いた。
従来、大望のことは、足利家内部でもごく少数にしか洩らされていない。この三河在国の分家間でも、うすうす感づいているか否かの程度である。つまり暗々裡のかたちにすぎず、それでは心もとないと彼は言って、
「一歩都に入れば、はや現地の戦況やら流言やら、またお味方の駈引きとて、容易ではありません。鉄は熱いうちにとか、矢作の御陣は、絶好なその固めのときかと存じられますが」
と、切にその必要と急を説いた。
高氏には、連判というようなものも深くは信は持てなかった。むかしは知らず、いまの時世だと思う。現に自分さえ高時へ、心にもない起請文をさし出している。
そんなもので人を結束しうるほど生やさしい世情でない実例は、いやというほど社会全面で観て知っていた。けれど直義も師直も、切にそれをすすめ、そしていまをおいてはその好機はないというままに、
「まかせる」
と、彼はあっさり同意した。そしてすぐそれも忘れ顔だった。
なにしろまた、柳堂の本陣は、それほどに忙しくもあった。