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しほんたいへいき
私本太平記(四)
吉川 英治
Read 私本太平記(四) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 229,324 characters · 458 screens
――なぜといえば、従来、清高は、宗家のさしがねに従って、帝の周囲をきわめて自由にまかせてきたのだ。で、しぜん島の配所には、かなり顕著な宮方の一勢力がとりまいており、俄に、それらの人物を駆逐するわけにゆかない実状にある。かりに力をもって、しようとすれば、血をみるにきまっていた。
「それも一ト騒動だし?」
と、彼は悩む。また幕府からうけた“密室の秘命”にしても、それの実行を思うと、肌に粟が生じてくる。
「やむなきばあいには、先帝を弑逆し奉ることもぜひがない。四民のためだ。天下を静謐に帰するためにはだ。それの手段は、そちの分別にまかせておく」
鎌倉の枢機でかれたその一言が、いまでも彼には、鉛を呑んで帰ったように、心を重くしていたのだった。
しかも、古い型の女の妻は、それには絶対な反対をいっている。――その古い美徳につくべきか、新しい考え方で行くべきか、隠岐ノ判官清高はいま、三人の子の父、年も四十幾つとなって、踏み迷った。
能登ノ介清秋は、その日、甥の判官清高に会うため、隠岐の島前から島後へ、舟で渡っていた。
隠岐ノ島は大別二つにわかれている。
本土寄りの南の島嶼が“島前”で、北の陸地を“島後”とよび、そのあいだは、わずか六海里でしかない。