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はしがき
童話集 春
竹久 夢二
Read 童話集 春 (はしがき) by 竹久 夢二 (たけひさゆめじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 43,531 characters · 97 screens
「ここだ帽子を捨てるのは。川へ流してしまえば、もう返って来ないだろう」
留吉は、橋の上から力一ぱい帽子を川の中へ投げやりました。帽子は、小さな波に乗って、ぶっくりぶっくり、川下の方へ流れてゆきました。
「あばよ、おととい来いだ!」
留吉は、泣きたいような好い気持ちで、だんだん遠くなってゆく帽子に別れをつげました。すると一艘のモーターボートが、ポクン、ポクン、ポクンと言いながら、帽子の方へ走出しました。ボートの中には、白い服をきた男が二人と巡査が一人乗っていました。まもなく帽子に追いついて、一人が帽子を救いあげると、急いでボートを岸へつなぎました。留吉があっけらかんとして見物しているうちに、帽子はいつの間にかまた留吉の頭の上へのっかっていました。
留吉は、なぜか嬉しくなって、不幸な帽子を頭へのっけたままで泣出しました。しかし、どう考えても、今田時雄の玄関の一寸角のガラスの穴からのぞいた眼が、公園のベンチのうしろの木の蔭からも、公衆食堂の椅子の下からも、宿屋の裏の空地にも、大川の橋の下にも、いつもぎらぎらと光って、留吉のすることを見ているように思えるのでした。