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ふんにょうたん
糞尿譚
火野 葦平
Read 糞尿譚 (ふんにょうたん) by 火野 葦平 (ひのあしへい) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 51,974 characters · 99 screens
汗を流して山道を登った時はまだ夏だと思われるほどだったが、こうして窓から見ると、空はまことに深く、青く、まさに秋であった。彼がうっとりと空を見あげていると、かたんと音がし、横の潜戸が開いた。振り返ると、彦太郎はどきんとした。潜戸から美しい女の顔が出て、にっこり笑ったからであった。女は微笑を湛えたまま、何かお支度をしておきましょうか、と云った。彦太郎は胸がどきどきするのに、我ながら驚きながら、何でも出来るのですか、と訊いた。何か咽喉に引っかかったように声がかすれるのを、これはいったいどうしたことだと思い、汚ない身体を見せたくないために、首だけ出して云った。何でも出来ます、と簡単に答えて女は返事を待った。何か肴をして、酒をつけておいて下さい、と彦太郎は女の顔をまじまじと見つめて云った。承知しました、そこに浴衣を出しておきましたから、と答えて女は引っこみ、潜戸が軽く閉った。彦太郎はふとためいきをつき、あれが卯平の話した女だなと思った。なるほど、あれなら一苦労してみる気にもなる男があるかも知れぬ、と昔の蕩児は往年を回想し、いつか十何年振りかで出合った自分の女のことを思い出し、何度もためいきをついた。