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ききがきしょう

聞書抄

谷崎 潤一郎

Read 聞書抄 (ききがきしょう) by 谷崎 潤一郎 (たにざきじゅんいちろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 108,821 characters · 210 screens

Aozora Bunko

その折太閤は何を考えることがあったか、出て行こうとする玄以僧正を呼び止めて、

「ちょっと堀尾に用があるから、立ち帰るように申し候え」

と云った。堀尾が戻って来て跪くと、心配そうな顔をして、

「あの徒者奴、様子を察して出て来おらぬかも知れないが、―――」

と、ひとりごとのように云ってから、

「左様な場合にはどうしたものかの」

と、小声で呟いて、じっと堀尾の眼を見据えたが、

「御安心なされませ、よいように計らいます」

と、堀尾が即座に答えるのを聞くと、

「そちは今度も命を呉れるか、此れで三度目じゃ、忝いぞ」

と、そう云って太閤は涙ぐんだ。

挿絵

堀尾は暇乞いをして伏見の城を出かけたが、途中に用事があると云って他の四人の使者に別れ、馬をはやめて三条の饅頭屋道徹と云う者の宿所に寄った。そうしてひそかに云うのには、此のたび爾々の事が出来て、今某はそのお使に参るのである、もし幸いに秀次公伏見へお越し下さらばよいが、下さらぬ時は刺し違えて相果てるぞ、ついては某、つね/″\そちの厄介になったが、此の期に臨み礼をする暇もない、依って此の状を忰信濃守の方へ届け候え、必ず金銀が調うであろう、此の事人には露もらし候なと、堅く約束して聚楽へ急いだ。