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りょうや
良夜
饗庭 篁村
Read 良夜 (りょうや) by 饗庭 篁村 (あえばこうそん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 8,173 characters · 16 screens
穂垂の息子が東京へエライ者になりに行くぞ目出とう送りてやれよとて、親族よりの餞別見送り、父はそれらに勇みを付けて笑いを作りて居られたれど、母はおろおろとして、「宜いかエ周吉、気をお付けなさいよ、早く帰ってお出よ」と同じ言を繰り返されたり。予は凱旋の将の如く得々として伯父より譲られたる銀側の時計をかけ革提を持ち、「皆様御健勝で」と言うまでは勇気ありしが、この暇乞の語を出し終りたる後は胸一杯、言うべからざる暗愁を醸し生じたり。自ら呼吸を強くし力足を踏み、町はずれまで送りし人々の影を見かえり勝ちに明神の森まで来りしが、この曲りの三股原に至り、またつとめて勇気を振い起し大願成就なさしめたまえと明神の祠を遙拝して、末覚束なき旅に上りぬ。路用として六円余、また東京へ着して三四ヶ月の分とて三十円、母が縫いて与えられし腹帯と見ゆる鬱金木綿の胴巻に入れて膚にしっかと着けたり。学校の教師朋友などが送別の意を表して墨画の蘭竹または詩など寄合書にしたる白金布の蝙蝠傘あるいは杖にしあるいは日を除け、道々も道中の気遣いを故郷の恋しさと未来の大望とか悲しみ悦び憂いをかわるがわる胸中に往来したれば、山川の景色も目にはとまらずしてその日の暮がたある宿に着きたり。