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あぢさい
花火・来訪者 他十一篇
永井 荷風
Read 花火・来訪者 他十一篇 (あぢさい) by 永井 荷風 (ながいかふう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 52,046 characters · 104 screens
」と上り口の電燈をひねって、わたしの顔を見、「あらお一人。」というから、「お君は。」と問い返すと、「御一緒だと思ったら、ほほほほほ。」と何だか雲をつかむようなはなし。いつものように君香は先刻わたしの帰るのを電車の停留場まで送って行き、それなり家へはまだ戻らないのだな。明日の昼頃までおれの来ないのを承知しているからは、事によると今夜は帰るまい。どこへ行きゃアがった。前々から馴染のお客もないことはあるまい。一番怪しいのは新内の〆蔵だ。と思うと二階へ上ってもじっとしては居られません。何かの手がかりをとその辺をさがしても衣類道具は、まだ下谷の芸者家へ置いたままの始末だから、ここには鏡台一ツなく、押入には汚れたメレンスの風呂敷づつみが一つあるばかり。それらしいものは目にはつかないので猶更いらいらしてまた外へ出た。
埋立をした河岸通は真暗で人通りもなく、ぴたぴた石垣を甞める水の音が物さびしく耳立つばかり。御厩橋を渡る電車ももうなくなったらしく、両国橋の方を眺めても自動車の灯が飛びちがうばかり。ひやひやする川風はもうすっかり秋だ。向河岸の空高く突立っている蔵前の烟突を掠めて、星が三ツも四ツもつづけざまに流れては消えるのをぼんやり見上げながら、さしずめ今夜はこれからどこへ行こう。