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よしとししゃせいちょう

芳年写生帖

野村 胡堂

Read 芳年写生帖 (よしとししゃせいちょう) by 野村 胡堂 (のむらこどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 12,626 characters · 26 screens

Aozora Bunko

「その帳面だけは返して下さい、――そいつは、私の命から二番目で」

「これか」

無意識に懐にねじ込んだ帳面を取出すと、欽之丞はポンと投ります。

「あ、泥が附くじゃありませんか」

絵師の憤懣が、ツイ軽い抗議になりますが、欽之丞はそれを耳にも掛けず、夕闇の濃くなり行く上野、谷中、道灌山かけての木立の中を見て居ります。

「待て待てッ、怪しい奴」

不意に藪を分けて一人、日下部欽之丞の行手に立ち塞がりました。羅紗の陣羽織、細雨を凌ぐ陣笠、抜刃のままの一刀を側構えに、一寸の油断も無い気組です。

「ヘエヘエ、私共は土地の者でございます。戦見物と申しちゃ悪うございますが、一生に一度の事と存じまして、ツイ、ウカウカと深入りいたしました。お見逃しを願います」

日下部欽之丞は腹からの町人らしい滑らかな調子でした。江戸侍の器用さでしょう。

「もう一人の男は裸体じゃないか」

「連れは落武者に剥がれました」

日下部欽之丞ケロリとしてこんな事を言うのです。

「頬冠りを取れ」

「ヘエ――」

「頬冠りのまま武士に挨拶する奴があるか」

「ヘエ――」

欽之丞の左の手は挙りました。頬冠りを取ると見せて、右手は早くも懐の申の脇差の柄に――