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かつしかみやげ
荷風随筆集(上)
永井 荷風
Read 荷風随筆集(上) (かつしかみやげ) by 永井 荷風 (ながいかふう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 133,224 characters · 269 screens
私はまだこれらの錦絵をば一々実景に照し合した事はない。それ故例えば深川万年橋あるいは本所竪川辺より江戸時代においても果して富士を望み得たか否かを知る事が出来ない。しかし北斎及びその門人昇亭北寿また一立斎広重らの古版画は今日なお東京と富士山との絵画的関係を尋ぬるものに取っては絶好の案内たるやいうを俟たない。北寿が和蘭陀風の遠近法を用いて描いたお茶の水の錦絵はわれら今日目のあたり見る景色と変りはない。神田聖堂の門前を過ぎてお茶の水に臨む往来の最も高き処に佇んで西の方を望めば、左には対岸の土手を越して九段の高台、右には造兵廠の樹木と並んで牛込市ヶ谷辺の木立を見る。その間を流れる神田川は水道橋より牛込揚場辺の河岸まで、遠いその眺望のはずれに、われらは常に富嶽とその麓の連山を見る光景、全く名所絵と異る所がない。しかして富嶽の眺望の最も美しきはやはり浮世絵の色彩に似て、初夏晩秋の夕陽に照されて雲と霞は五色に輝き山は紫に空は紅に染め尽される折である。
当世人の趣味は大抵日比谷公園の老樹に電気燈を点じて奇麗奇麗と叫ぶ類のもので、清夜に月光を賞し、春風に梅花を愛するが如く、風土固有の自然美を敬愛する風雅の習慣今は全く地を払ってしまった。